抗がん剤治療で生じる副作用の1つに末梢神経障害があります。薬剤の使用によって副作用の予防・改善を図ることがありますが、それだけでは十分といえません。日常生活において、患者さんができる予防策や医療者側の工夫は何があるのでしょうか?
今回、そんな疑問を持つ薬剤師から、模擬症例を参考に、病棟で働く作業療法士と看護師に問いかけました。そこから見えてきた連携のポイントとは?
参加者
イサミ(Ph)
薬剤師5年目。血液内科病棟に勤務を経て、現在は外来腫瘍センターに勤務。
小池 拓馬(OT)
作業療法士10年目。急性期総合病院で主に上肢整形外科を担当しているがこれまでにがんのリハビリテーション経験あり。
永澤 成人(Ns)
看護師9年目。病棟勤務、大学院修士課程を経て、現在は看護学科の教員として勤務。
模擬症例
40代前半の女性。身長 :150 cm、体重:52 kg。右乳房にしこりを感じて近医を受診した。検査の結果、乳がんを強く疑われ、当院に紹介受診となった。精査の結果、乳房D領域に腫瘤を認め、針生検施行によって浸潤性乳管がんと診断された。腫瘍細胞の免疫染色にてER(-)、PgR(-)、HER2(3+)、Ki-67:40%と報告されている。カンファレンスの結果、術前化学療法を施行の方針となる。現在、AC 療法(ドキソルビシン+シクロホスファミド)4 コース後、パクリタキセル 12 コースとトラスツズマブ 1 年間の併用療法を入院にて導入後、外来にて施行予定である。
患者情報
職業:ピアニスト
家族:夫 (40代前半:同居)、息子(20 歳:別居)
既往歴: 特になし
家族歴: なし
基礎疾患: 高血圧(-)、糖尿病(-)、緑内障(-)、心疾患(-)、骨粗鬆症(-)
身体所見:特記事項なし、PS 0
副作用・アレルギー歴: なし
内服薬:ゾルピデム酒石酸塩 5mg 1T 就寝前
嗜好:喫煙なし/機会飲酒
患者コメント
乳がんを告知されてから、将来を悲観することが多くなった。ここのところ、夜眠れず不眠気味。 AC療法では吐き気が非常につらかった。今後、パクリタキセルという新しい薬を使うらしいが、それによってしびれが出ると聞いてとても不安。ピアニストなので、とくに手先のしびれはどうしても避けたい。
それぞれの職種から考えるしびれ対策
イサミ(Ph)
抗がん剤治療による末梢神経障害について、薬だけでは対策が不十分だと感じます。日常生活において、しびれの軽減や悪化を抑える方法はないでしょうか?
OTとしては、神経経路の圧迫によって生じる絞扼性神経障害を予防するための生活指導を行います。たとえば、背筋を伸ばした座位姿勢を習慣づける、こまめに首回しや肩こり解消の運動をするなどです。
小池(OT)
看護師は、しびれ緩和のために、身体の一部を温めたり、マッサージ、適度な運動の補助などを行います。他にも、日常生活では足を締めつける靴や靴下は履かない、脱げやすいスリッパやサンダルは避ける、刃物や熱湯に十分注意して家事を行うなどを伝えていますね。
永澤(Ns)
イサミ(Ph)
OTさんは、しびれが出現しているとき、どのような対応をされるのですか?
永澤(Ns)
しびれている部位を積極的に動かしてもらうよう促すなどでしょうか。例えば、正座をした後に足がしびれたときを想像してみてください。足を動かして血行を改善しないと、しびれは治らないですよね?
小池(OT)
イサミ(Ph)
上肢にしびれがある場合、物に触れる行為を嫌がる患者さんが多いですが、しびれがあるからと動かしたり触ったりすることを避けてしまうと、皮膚・骨の萎縮や関節拘縮といったリスクが上がりますので、つらくない範囲で日常的に動かしてもらう必要があります。
小池(OT)
イサミ(Ph)
それぞれの職種から考えるしびれ対策があるのですね。生活指導の重要性を感じました。
また、この患者さんはピアニストなので、繊細な手の動きが求められるはずですよね。OTとしては、リハビリにもなるので、どんどんピアノに触れるよう促したいですね。触覚を刺激することで、末梢の感覚神経が徐々になじんでいくという利点もあります。また、好きなことをしている間はしびれが気になりにくくなる場合もありますので。
小池(OT)
イサミ(Ph)
なるほど、OTさんが関われるポイントはたくさんありそうですね。
患者さんへの聞き取り前に、アプローチ方法を検討する
イサミ(Ph)
小池さんは、患者さんから情報を聞き取るときに、意識していることはありますか?
この症例の患者さんを例にすると、まず、ピアニストとしてどのような活動をしているのかをリサーチしますね。ツアーなどの演奏機会が多いのか、指導メインで活動しているのか。指導者の場合は、レッスン相手のランク(プロ・アマチュア・子供など)も確認すると思います。ピアニストは、1日数時間〜十数時間の練習が必要と聞くので、神経症状が重い場合は、活動のランクを下げてもらうことも視野に入れた提案をするかもしれません。相手の求めるレベルに合わせられる、事前の情報収集が肝ですね。
小池(OT)
そこまで考えているとは…!その専門的知見をふまえた聞き取り内容は、看護師も共有して、病棟での取り組みを行いたいですね。日ごろできる首回しなどの運動に、鍵盤トレーニングを組み合わせるなど、ベッドサイドでのリハビリに工夫ができそうです。患者さんが積極的に取り組めるような内容を検討していきたいですね!
永澤(Ns)
イサミ(Ph)
末梢神経障害による日常生活動作への影響やつらさは、患者さん本人にしかわからない部分が多いかと思います。そんななかで、患者さんにどうやって寄り添えばいいのでしょうか。
OTは、病棟生活だけでなく退院後の生活場面も想定して、家に帰ってから困ることがないかを一緒に探して、事前に対策を考えていきますね。看護師さんはどうですか?
小池(OT)
そうですね、看護師も退院後の生活を見据えて話をしていきます。この患者さんは、ピアニストとして手を満足に動かせるのかどうかを1番気にしていますよね。その思いに共感して、同じ目標に向かって治療を進めていきたいですね。
永澤(Ns)
イサミ(Ph)
あと、本人は気付いていない部分にも不便なことがあるかもしれません。私たちが今まで見てきた患者さんの事例を参考にしたり、患者さんが病棟で過ごしているところを観察したりして、気になったことがあれば声を掛けて、生活改善に意識を向けてもらうことも大切だと思います。
永澤(Ns)
イサミ(Ph)
患者さんの観察については、リハビリ職や看護師さんが今まで積み重ねてきた経験がすごく頼りになりますね。僕たちもその辺りを理解できると、患者さんへの説明方法も変わってくるような気がします。
各職種から連携バトンをつなげるタイミングを考える
僕たちリハビリ職は、1人の患者さんにつき1回1時間未満という短い時間である程度の成果を出すことが1つの役割です。しかし、その場で感覚をつかんでもらうまでで時間切れになってしまうことも多いので、それを習慣化してもらうためには、病棟看護師さんの協力が必要不可欠です。ここが、連携のポイントになるのではないでしょうか。
小池(OT)
そうですね。まずは病棟での過ごし方からはじめて、生活のなかにリハビリをうまく組み込んでいきたいですよね。ちなみに、本症例の現段階だと、末梢神経障害の自覚症状は出現していない状態です。OTさんはどのようなタイミングで介入しているのでしょうか?
永澤(Ns)
OTは、原則医師の依頼によって介入します。そのため、医師が不要と考えれば関わらないこともあります。しかし、場合によっては、作業療法の効果を見込んだ看護師が医師に伝えてくれて、依頼される場合もありますね。
小池(OT)
なるほど。看護師としては、この患者さんの将来的なしびれに対する不安をくみ取って、早期からOTさんに介入してもらえるように医師に依頼することも必要ということですね。看護師は、すべての患者さんとどこかのタイミングで必ず関わるので、私たちから積極的に他職種にバトンをつなげていきたいですね。
永澤(Ns)
実際、看護師さんから「リハビリが介入していないんだけど、この患者さんはどうしたらいい?」という相談を受けることは結構あります。日ごろから、他職種との関係作りは大事だと感じますね。
小池(OT)
その通りですね。こういう相談から多職種連携が広まっていくと、患者さんへより充実したケアが提供できそうです!
永澤(Ns)
薬剤師の視点から、抗がん剤の副作用をひも解く
今回の症例に関して、薬剤師の視点から考えられることはありますか?
小池(OT)
イサミ(Ph)
抗がん剤による末梢神経障害を組織学的に分類すると3種類あって、神経全体がダメージを受ける「神経細胞体障害」と、一部分だけがダメージを受ける「軸索障害」と「髄鞘障害」があります。
小池(OT)
イサミ(Ph)
薬による末梢神経障害で1番多いのは軸索障害で、今回使用が検討されているパクリタキセルの副作用もこれに当たります。神経自体は保たれていて、早期の薬剤の中止により回復が見込まれるので、治療内容によって中止を検討できる場合は、医師を交えて相談してみることも必要かと思います。
なるほど。薬剤師さんからそういってもらえると、不安が少し和らぐ気がしますね。では、具体的な末梢神経障害の症状について、知っておいた方がいいことはありますか?
小池(OT)
イサミ(Ph)
末梢神経は、感覚神経、運動神経、自律神経に分類されますが、末梢神経障害で1番自覚しやすいのは感覚神経障害ですね。代表的なものは手袋靴下型といって、その名のとおり、手足の末端部分に左右対称で感覚の麻痺や異常感覚などの症状が現れます。
小池(OT)
イサミ(Ph)
一方、運動神経や自律神経の障害は患者さん本人が気付きにくいことが多いので、医療従事者側は注意する必要があると思います。運動神経障害では、感覚障害、筋力の低下や麻痺、腱反射の低下・消失など、自律神経障害では、血圧低下や排尿障害、発汗異常、便秘などがみられることがあります。便秘が抗がん剤の神経障害による副作用だとは、なかなか思わないですよね。
たしかに。勉強になります。こういった話を、職場の他職種とも自然にしていけるとよいですよね。
永澤(Ns)
まとめ
今回の座談会を受けて、自分から積極的に情報共有をしていくことで、連携につながりそうなポイントがたくさん見つかったのではないでしょうか。コミュニケーションの重要性を再確認できましたね。それぞれの専門性を生かして、患者さんのためにも、医療職同士でもっと連携していきたいですね。
※今回の症例検討に用いたデータは本記事に使用するための架空のもので、実在する事例・症例はありません。
※2019年4月26日、内容に一部不適切な表現がございましたので修正を行いました。