医療安全の鍵は? 誤投薬を防ぐためにできること

今回は、前回の座談会に続き、「医療安全」がテーマです。医療施設では数多の医薬品を扱いますが、中には見た目や名前が似ているものも存在します。私たち医療者は、それらを間違えずに患者さんに渡すため、日々細心の注意を払わねばなりません。

今回は、理学療法士・薬剤師・臨床工学技士が集まり、院内での医薬品の取り扱いについて話し合いました。そこで見えてきた、医療安全における患者参加の重要性とは…?

参加者

 喜多(PT)
理学療法士11年目。この座談会で医療安全についての理解を深めたい。

 S.O(Ph)

薬剤師7年目。3年間の医薬品メーカー経験後、病院薬剤師に転身。現在はケアミックス病院の薬剤師として勤務。前病院では医薬品安全管理責任者を約8ヵ月担当していた。

 こやま(ME)
臨床工学技士13年目。医療安全管理学の修士課程を修了しており、2017年7月より医療安全管理部を兼務。この座談会をきっかけに、若手が医療安全について考えてくれれば嬉しいと思っている。

エラーは起こりうるものとして考えるべし!

喜多(PT)

前回の座談会では、医療安全の概念について学んだので、今回は「誤投薬の防止」について考えていきたいと思います。S.Oさん、薬剤師の観点ではどのように考えますか?
薬剤師として、誤投薬の原因となる“似ている薬剤”への対処は、最も基本的なリスク管理の1つです。医薬品には万を超える種類があり、似たような色・形の容器や錠剤、はたまた似た名称の薬が多々あるんです。

S.O(Ph)

喜多(PT)

えええ! そうなんですか…。薬剤師さんでも、間違えそうになることってありますか?
恥ずかしながらあります。ただ、エラーはどこでも起こりうることなので、エラーが起きても患者さんの手に届くまでに修正できるチェック体制を整えれば、ほとんどのミスは防ぐことができるはずです。最近は、製薬企業も錠剤の視認性を高めるなど、ミスを防ぐ工夫をしていますし、さまざまな角度から、医療事故の防止を考えていきたいですね。

S.O(Ph)

実際の事例から、医療安全を学ぶ

そういえば、何年か前ですが、抗菌薬と筋弛緩薬の取り違えが医療業界をザワつかせましたね

こやま(ME)

そんな医療事故がありましたね。その2つはまったく異なる薬剤なのですが、見た目と名前がよく似ていたため、誤投薬を防げなかったと考えられる事例です。

S.O(Ph)

この件で、患者さんは亡くなっています。2つの薬剤の類似点は、バイアルのフタの色と大きさ、そして薬品名の頭文字です。どんな病院でも、違いはあれど何かしらのチェック体制を定めているはずですが、それをすり抜けて患者さんに投与されてしまいました。

こやま(ME)

*イラストはイメージです。

喜多(PT)

これは……(汗)。 しかし、かなりショッキングなニュースですね。この件以降、現場でのチェック体制は厳しくなったのでしょうか?
もちろん、対応策の1つとして、厳しく、何重にもチェックをするという指示は出ていると思います。しかしながら、目視での確認には限界があるので、別の対応策も必要だと思います。

S.O(Ph)

人間の見るという機能は案外あてにならないもので、ものを区別するとき、パターンで認識すると言われています。そのため、類似した医薬品を間違えて手に取っても、気付かないことがあるんです。

こやま(ME)

喜多(PT)

そうなんですか!? それって、人の機能的な限界ということですよね…
心理学の実験1)で、アメリカの1セントコイン15個の中から本物を選ぶという実験があるのですが、半分以上は答えられなかったそうです。それぐらいに人は曖昧です。

こやま(ME)

喜多(PT)

これが、いわゆるヒューマンエラーというものなのでしょうか?
そのとおり。ヒューマンエラーは「システムの許容範囲を超えた人間側のエラー」と定義されます2)ので、この医療事故も、チェック体制などのシステムをすり抜けた人間側のエラーが原因だと言えますね。

こやま(ME)

参考

1)Long-term memory for a common object:Raymond Nickersonら(1979)

2)必携医療安全に活かす医療人間工学、佐藤幸光・佐藤久美子著 医療科学社

喜多(PT)

ほうほう。
ちなみに、事例として挙げた薬剤は、事故のあとすぐに薬の容器と名称が変更されています。こういった事後対策はとても重要ですが、「医療安全」の本質を考えると、事故が起きる前に防げる体制を構築したいですね

こやま(ME)

より安全なシステムの構築は、ミスを防ぐために必要

喜多(PT)

ヒューマンエラーを防ぐためには、どのような取り組みをすればよいのでしょうか?
似ている薬に関しては、院内の採用薬を絞ることも有効だと思います。要するに、そもそも外観や名称が類似している薬剤を採用しないということです。

S.O(Ph)

そうですね。私も、この件に関しては、そういったシステム面で防御するのがよいと思います。あとは、バーコードで管理して、薬剤の取り違えを防止するシステムを導入している病院や薬局がありますよね。

こやま(ME)

バーコード管理は、取り違えを防ぐのに非常に役立つと思います。ただ、コストがネックになるので、僕の関わった病院では採用されていないのが現状です。

S.O(Ph)

やはり、そういった認証系のシステムを導入できない場合は、ダブルチェックなどの管理体制でカバーせざるを得ないと考えます。

こやま(ME)

はい。医薬品の管理にヒトが関わらなくなることはないので、注意喚起や情報の周知など、注意力でのカバーは不可欠ですね。

S.O(Ph)

患者参加でチェック体制のレベルアップ

喜多(PT)

ヒューマンエラーなどは、やはり医療者が気を付けるしかないのでしょうか?
それが資格を持った私たちの責任でもあるので、基本はそうなるでしょうか。だからこそ、1人の患者さんに対して複数の医療者が関わることは、単純に注意する目が増える点でも重要ですし、多職種だとなおさら多角度の視点が得られるのでいいですよね。

こやま(ME)

喜多(PT)

まさに連携!
はい(笑)。あとは、医療安全のトピックとして「患者参加」という言葉があります。これは、患者さんにも積極的に治療に関わってもらうことで、医療事故を軽減しようという取り組みです。とくに医薬品に関しては、実際に薬を使う患者さんの目で確認してもらうことで、誤投薬が低減できるのではないかと期待しています。

こやま(ME)

それは興味深いですね。僕の勤務先では、そういった取り組みを周知できていないのですが、患者参加をうまく取り入れられた事例はありますか?

S.O(Ph)

これは他院の話ですが、カンファレンスをベッドサイドで行い、患者さんを交えて治療方針について話し合う取り組みがあるそうです。例えば、点滴の有無、薬の量や内容など、いつもと違うことがあれば、大勢の患者さんに関わっている医療者より、自分の薬だけを見ている患者さんのほうが気が付きやすいこともあると思います

こやま(ME)

喜多(PT)

なるほど。たしかに、カンファレンスを聞くことで、当事者意識を持ってもらうことができそうです。
実際に、患者さんからの報告で間違いに気付いたという話も珍しくないですよね。患者さんに当事者意識を持ってもらうことで、患者さん自身がミスに気付く可能性が高くなるので、とくに医薬品の取り違え防止には有効な対策かと思います。

こやま(ME)

患者さん自身の治療への理解度や薬に対する認識が、薬物療法の円滑な遂行だけでなく、医療安全にも貢献できるというのは、若手薬剤師や学生にも知っておいてほしいことですね。

S.O(Ph)

喜多(PT)

医薬品に関する安全の確保は、患者さんと医師、薬剤師、看護師とのパートナーシップが重要ということですね。
今後は、医療者同士の連携はもちろん、患者さんにも主体性を持って医療に参加してもらうことを意識したアプローチが要求されそうです

S.O(Ph)

そうですね。ただ、患者さんによって理解能力は異なりますし、安全管理を患者さんに頼り過ぎてはいけません。あくまでも僕らが気を付ける意識を持ち続けることが大切ですね

こやま(ME)

まとめ
医薬品の取り違えを防ぐためには、ただ「気を付ける」という心構えだけでなく、システムを見直すことも必要です。さらに、患者さんの当事者意識を促すことで、より医療安全の体制が整う可能性が示されました。職場の医療安全を確保するために、さまざまな取り組みを考えていきたいですね。

 こやまさん

医療安全の社会実装とたまに研究します。臨床工学技士、医療安全管理学修士|デザインの力で患者も医療者も安心できるヘルスケアを目指す。ヒューマンファクターの観点から医療安全や医工連携を思考しています。

ブログ:medical interaction Design
ツイッター:@mid_koyama

1 Comment

現在コメントは受け付けておりません。