目標共有は、医療現場では当たり前のように行なわれています。
たとえば「自宅に退院しましょう」や「歩けるようになりましょう」といった目標は至極当然のように感じます。
しかし、患者さん、あるいはその家族にとっては時に受け入れ難い場面であることも少なくありません。
われわれ医療職は、自分たちの当たり前を押し付けてはいないでしょうか?
本記事では現役作業療法士の経験をもとに、目標共有の落とし穴について説明します。
医療者における目標の決め方
医療者は、患者の状態に応じて到達可能な目標を設定します。
たとえば、起き上がることはできるが、立ち上がることはできない患者さんの場合、立ち上がることができるようになることが目標となります。
起き上がりも立ち上がりもできない場合は、起き上がること、あるいは寝返りをうつことが目標になります。
できていないことを目標にするというパターン化した目標を決定し、患者さんに説明する形になることが多いです。
このような形態を『パターナリズムモデル』と言います。
患者さんや家族が混乱している時、意思決定に参加できる状態でない時にパターナリズムは有効な意思決定の方法です。
しかし、ここですべての医療行為を決めてしまうわけではなく、限定的(例えば数日間の医療行為)に活用することが重要です。
パターナリズムモデルで立てた目標は曖昧なことが多い
パターナリズムモデルは、医療者側がアセスメントをもとに適切と考えられる目標を説明し、同意を得る方法です。
大きな目標で言えば、自宅に退院する、退院後は施設に入所する、といった方向性が代表的です。
自宅退院といった大きな目標ではどんな状態かが曖昧であり、車椅子での自宅退院かもしれません。
また、目標を小さく分けたとしても、トイレができる、歩行ができる、食事ができる、といった目標になりやすく、どんな場所で、どのように行えるかが曖昧であり、患者の求める目標とはずれてしまうことがあります。
医療者がこのように曖昧な目標を立ててしまうことには、理由があります。
それは、患者側の意思を汲むことができていないからです。
パターナリズムモデルの場合、医療者が説明した目標に対してYes/Noの2択で答えてもらうような形式になってしまうことが多く、Noの場合でも、どの段階ならYesとなるか、という意思決定が求められてしまいます。
聞き方が2択では、意思を反映することは到底できないわけです。
クリニカルパスは順調なのに、退院後の不安が大きくなったケース
パターナリズムの典型例にクリニカルパスがあります。
これは効率よく治療計画を進行するために用いられ、医療費を抑制する効果があります。
たとえば、急性心筋梗塞という病気で入院、治療された場合、2週間で自宅退院できるクリニカルパスがあるとします。
治療後1日目はベッド上で、2日目は座れるようになり、3日目は室内でトイレに立つ、といった流れで心電図やバイタルサインを確認しながら、活動範囲の拡大を図っていきます。
そして、階段や屋外で歩くことができるようになり、14日目には退院を迎えるわけですが、実はこの期間では足りないものがあります。
それは、患者さんの抱える不安への対応です。
同じ能力で自宅に帰れたとしても、やはり一度生死を彷徨った身体には不安が残ります。このような場合、パターナリズムモデルの目標設定では限界があるんです。
どうしたらいいの?目標共有のやり方教えて!
パターナリズムモデルの欠点は、患者さんの意思がYes/Noの2択でしか受けていないことです。
通常このような形だけで進むことはありませんが、今回は分かりやすくするために極端なケースを想定しました。
このような場合に陥らないための対策は、ズバリ『患者・家族の認識を毎日確認すること』です。
特に急性期の場合、一日一日の変化が目まぐるしく、患者や家族の気持ちもその都度変化していきます。
入院の時は『助かればいい』と思っていても、歩けるようになると『あれもこれもしたい』と思いが膨らむものです。
しかし退院した後は、何もかも自分で決定し、健康を維持していかなければなりません。
そう考え出すと、一度発症した自分の生活を再度送っても良いのか、小さなところから不安は膨れてきます。
ですから、毎日不安を拾ってあげてください。
こまめなコミュニケーションが、目標共有のコツです。
まとめ
一般的に行われるパターナリズムモデルの利点、欠点を踏まえたうえで、目標共有の落とし穴について解説しました。
ギクッとしたあなた、患者さんの気持ちを一声聞いてみてくださいね。
毎日の小さなコミュニケーションが誰かを救うかもしれません。
地方の急性期病院で、地域の人たちを陰ながら支えています。真っ当に研究業績を積みながらも、メディアや地域活動を通して作業療法の魅力を伝えるマルチプレイヤー。