【模擬症例検討】大腿骨に骨転移を認める肺がん患者のリハビリの進め方

がんのリハビリテーション(以下、がんリハ)の経験がないリハビリ職にとって、がんリハは専門性が高く、難しい印象を持っているのではないでしょうか?

そこで、がんリハの経験がない2名の理学療法士(以下、PT)が、経験のある作業療法士(以下、OT)から、模擬症例を通してそのポイントをレクチャーしてもらいました。

今回は模擬症例の身体機能に着目し、リスク管理や目標設定について考えました。

参加者

小池拓馬(OT)
急性期総合病院に勤務する10年目のOT。数年間のがんリハ経験あり。

喜多一馬(PT)
回復期リハ病院に勤務する10年目のPT。がんリハ経験なし。

大平拓巳(OT)
回復期リハ病院に勤務する4年目のPT。がんリハ経験なし。

Fats(Ph)
がん基幹病院に勤務する薬剤師。座談会に対する解説で参加。

模擬症例紹介

基本情報
年齢:60歳
性別:男性
診断名:肺がん(stageⅣ)
身長:170cm
体重:70kg
BMI:24.22

現病歴
X-1年頃より咳き込む回数が増えてきていたが日常生活は問題なく送れていた。
X-3か月、職場の検診で肺の影を指摘され、精査目的にA病院入院。
検査の結果、上記診断された。
今回は肺がんに対する放射線治療目的にB病院へと入院することになった。
B病院への入院後の検査で骨転移(右大腿骨近位骨幹部)が発覚した。
B病院へ入院後、放射線治療の開始に合わせてPT処方あり

服薬状況
ロキソニン・カロナールの使用
今後は疼痛増強に応じてオピオイドの使用も検討している

理学療法評価
基本動作:日常生活は全て自立しており、独歩も安定している。
筋力:上下肢ともに現在は著明な筋力低下なし。
疼痛:歩行時には右鼠径部のあたりに疼痛が生じるようになってきた。
自宅での参加:日常生活では妻の家事を手伝うなどで息切れが生じるようになってきた。
職場での参加:仕事は事務職で座位中心の仕事を行っている。

※今回の症例検討に用いたデータは本記事に使用するための架空のもので、実在する事例・症例はありません。

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骨転移があるときは、疼痛と骨折のリスク管理が大切

小池(OT)

今回は、肺がん患者さんを模擬症例として、お二人にがんリハへの理解を深めてもらいます。身体機能に着目しながら、リスク管理や目標設定について考えていきましょう。喜多さん、PTとして本症例を担当するときにどのような情報に着目しますか?
まずは、身体機能・動作能力に関する情報ですね。あと、自宅や職場での参加に関しても気になります。

喜多(PT)

小池(OT)

PTとして知っておきたいところですよね。模擬症例の情報を読んで、気になるところはどこでしょうか?
右鼠径部痛ですね、右大腿骨近位骨幹部への骨転移が影響しているような気がします。骨転移している部位に痛みは生じるものなんですか?

喜多(PT)

小池(OT)

転移部の骨が少しずつ融解することで、疼痛が生じることがありますね。本症例では、歩行時に痛みを訴えていますので、骨転移の影響を疑うのは妥当だと思いますよ。あと、骨が融解しているので骨折リスクも高まっています
やはり転移と関連していたのですね。がんリハにおける、痛みの評価はどのように進めているのですか?

喜多(PT)

小池(OT)

安静時・動作時・夜間痛について主観的評価を行いますね。そのうえで、患者さんと相談しながら、看護師や医師に症状を伝え、チームで疼痛コントロールを行うよう意識しています
ふむふむ。

喜多(PT)

小池(OT)

本症例からは話が逸れますが、がん性疼痛が強い場合には、麻酔薬を用いた鎮痛が行われる場合もありました。その場合には鎮痛の効果と共に傾眠傾向など鎮静効果が出る場合もあるので、離床を進める際にはふらつきによる転倒にも注意が必要になります。
なるほど。そうなるとリハ内容や効果にも影響しそうですから、情報を共有することは必須ですね。あと、主治医には疼痛が骨転移によるものかを確認すると思うのですが、関連して他に確認した方が良い内容はありますか?

喜多(PT)

小池(OT)

僕ならリハビリ場面で許容できる負荷の程度について確認します。たとえば、下肢の筋力トレーニングの負荷量です。本症例では、大腿骨に負荷のかかりやすいSLR(※)は避ける必要があるなどの指示が出ると思いますね。
あ、そうか!筋力トレーニングも方法によっては骨に高い負荷がかかりますもんね、気を付けます。あと、本症例では体力維持も必要だと思うのですが、自転車エルゴメーターは行っても良いですか?

喜多(PT)

小池(OT)

患者さんに疼痛がなければ、自転車エルゴメーターも大丈夫なことが多いですよ。入院中は活動量が下がって疲れることが少なく、夜に眠れない人もいます。そういう方には、実際に行っていますね。ちなみに、転移部位以外で骨折リスクがないときには、患者さんの状態に合わせて高い負荷の筋力トレーニングを行うこともあります。
メモ
SLRが大腿骨に与える負荷:SLR(背臥位の状態で膝を伸ばしたまま足を持ち上げる)を行う際、股関節屈曲10度で体重の1.4倍、屈曲30度で体重の1.0倍の負荷が股関節周囲に加わる。(中島ら:日本臨床バイオメカニクス雑誌、2000)

放射線の副作用はほとんど生じないこともある

小池(OT)

本症例は放射線治療を実施予定です。この点について疑問はありますか?
僕は放射線治療の副作用がどのようなものか聞きたいです。疲労感や全身のだるさ・吐き気をイメージしますが、実際にどんな様子なのか分からなくて。

大平(PT)

小池(OT)

まず、本症例は肺がんであるために、呼吸機能低下や胸郭可動性低下が問題になりやすいです。この点については、通常の理学療法と同じように考えてください。そして、疲労感などの副作用については、肺がんでは少ないことがあります
え、そうなんですか。副作用はすごくきついイメージをもっていたのですが、状況によって違うのですね。小池さんが経験した患者さんには、副作用がほとんどなかった人もいるのですか?

大平(PT)

小池(OT)

はい、実際にはほとんど副作用がなく治癒されていくような方もいて、拍子抜けするパターンもありましたよ。腫瘍の部位が検査によって明確になり、そこに誤差なく放射線を照射できれば副作用のリスクが減るようです。
全てというわけではないですよね?

大平(PT)

小池(OT)

もちろん、全ての肺がん患者さんに副作用がないわけではありません。照射部位がずれると、肺炎症状を呈して全身状態が悪化するなどの副作用が生じます。
そうなんですね。自分のイメージのなかで患者さんの状態を決めつけていました。副作用の状況はリハビリの内容やゴールを左右すると思いますので、主治医や看護師と情報共有していくようにします。

大平(PT)

がん患者さんと関わったことがなくても、PTの経験は活きる

小池(OT)

本症例では2週間程度の入院期間を想定しています。お二人はどのようなゴール設定を考えますか?
短期の入院であれば運動方法や動作方法の獲得がメインになると考えます。退院後の自宅生活で行える自主トレーニングや、身体にとって楽な動作方法を身につけることを目標としたいですね。状況によっては立ち座りしやすい椅子の導入や、布団からベッドに変更するなどの自宅環境の調整をしたいです。

喜多(PT)

僕も同じですね。ただ、がん患者さんは長期的に身体が悪くなっていくイメージがあります。そうなると、将来的に身体が動きにくくなることも視野に入れた環境設定も必要だと思います。今は布団生活ですが、ベッド生活に変更できるよう準備しておくことなどですね。また、身体が悪くなったときに、社会資源が使えるように道筋も提案しておきたいです。

大平(PT)

小池(OT)

お二人ともすごく適切な設定ですね。僕の考えでは、がんサバイバーの方の生涯はゆるやかな継時的機能低下と、治療や入院などで短期間に一気に機能低下が繰り返されていきます。本症例では骨転移があるために、それに加えて骨折のリスクを抱えています。リハビリ職はこのような背景を踏まえて、暮らしやすくするようにサポートすることが大切です。
がんリハでは特別な知識が必要だと思っていて、経験がない僕たちではあまり出来ることがないのかと思っていました。でも、回復期リハの経験も役立ちそうだと思ってきました。

大平(PT)

僕もそう感じました。今回のように骨折リスクを避けるための動作指導は、普段から行っている多職種連携が活きてくると思います。もしかしたら、理学療法の内容としては特別なことではないのかもしれませんね。

喜多(PT)

小池(OT)

そうですね。本症例のように自宅生活を考えるときには、回復期リハの経験はすごく役に立つと思います。僕が、あるがんセンターへ研修に行ったときに聞いた話では、どの療法士も特別なテクニックを使っているわけではないとのことでした。一般的な関節可動域訓練や筋力増強訓練、動作指導などを行っているようですね。
なるほど。あと、がん患者さんであれば心理的側面が気になります。たとえば、告知されていない場合にどう関わったら良いのかイメージが湧きません。

喜多(PT)

小池(OT)

実はこの模擬患者さんは告知されていません。その点については、次回に心理面に着目して検討していきましょう。今日は、お二人ががんリハへの理解が少し深まり、そこから多職種連携に繋がる可能性を感じました。ありがとうございました。

※今回の症例検討に用いたデータは本記事に使用するための架空のもので、実在する事例・症例はありません。

※本座談会についての意見やアイデアを読者の皆様から募集しております。Twitterで本記事を引用の上、コメントを書いてみてください!

薬剤師による解説

Fats(Ph)

私が解説します!

普通にご自身で歩いて談笑してた患者さんが、その2週間後には急激に悪化して亡くなるケースもありますが、近年では、StageIVでも非常に予後が長い患者さんがいます。実際、本症例のように、肺がんStageIVでも、数年間生きられる人は多くなってきています(遺伝子型にもよりますが、今回は割愛します)。

がん患者の生活支援として、病院には延命治療しながらの就業支援をする部門もあります。これらの観点から、リハビリが必要な患者さんは実際にも多いのです。

本症例では、鎮痛薬としてロキソプロフェンとアセトアミノフェンを使用しています。現場でも、ロキソプロフェンに代表されるNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)はよく用いますし、がん性疼痛にオピオイド(麻薬性鎮痛薬)であるモルヒネなどが出る可能性も高いです。また、アセトアミノフェンは、パワーが今ひとつのイメージがありますが、骨転移痛にピタリとはまってよく効くこともあるので、副作用が少ないこともあり、使用されることは多い薬剤です。

また、今回は副作用として倦怠感が取り上げられました。現場では、化学療法の副作用を予防する目的でステロイドを併用するケースも多いので、ステロイド服用による筋萎縮や骨粗鬆症・無腐性骨壊死なども気にしておきましょう。この辺りはとくに、リハビリに直結すると思いますので、確認しておいてくださいね。

あと、骨転移による疼痛があっても、鎮痛薬によって疼痛が軽減する患者さんがいます。しかし、なかには痛みが減って動けるようになったことで、骨折リスクにつながる場合があるので苦慮します。疼痛は、止まればいいというわけではないので、リハビリ職の方々が関わる生活範囲や過重制限の指導は非常に重要です

Fats(Ph)

参考にしてみてください!