“推しの力”は偉大だ。
Aさん「〇〇もいっしょ?がんばるから見てて」
Bさん「再来月、〇〇のライブがあるので、それまでにはしっかり治したい」
Cさん「〇〇の写真、ここに飾ってもいいですか?気持ちが落ち着くので」
これまで小児科や整形外科病棟で看護師として働いてきた私は、患者さんがこのように“推しの力”で手術や治療、リハビリを乗り越える場面にたびたび遭遇してきた。
しかも、こうしたエピソードはSNSなどでも拡散され、時にはご本人に届くような素敵な展開も実際にある。
冒頭で“推し”とひとくくりにしてしまったが、厳密には好きなアイドルやアーティスト、俳優、キャラクター、スポーツ選手など、人に限らずグループや作品などの箱推し、動物やペット、場所や食べ物など、人によってさまざまなものが対象となる。最近は特に“推しの多様化”が進み、言葉自体がかなり広い意味で使われているように思う。
ここではあまり細かいことは気にせず、本人が推しているもの≒好きとはちょっと違うかもしれないが、恋焦がれたり、尊いと感じたり、生きがいとなるようなものを、“推し”としてイメージしてもらいたい。
“推しの話”は看護と関係ないと思うなかれ!
病院に入院してくる患者さんも、「推しのために頑張りたい」「推しを見て心を落ち着かせたい」という話をよくしているのだが、私は看護師として、推しの話が出た瞬間をとても大事にしている。
推しの話をされて、「あ〜私も好きです」と盛り上がるだけでは、残念ながらただの会話である。一方、「推し活を一緒に楽しむ人はいますか?」「普段はどんなイベントに参加されているんですか?」などと質問をしてみたらどうだろう。推しの話を通して、患者さんの生活状況や考え、価値観などが見えてくるかもしれない。
こういった看護する上でポイントとなる情報を、何気ない会話のなかでしっかりキャッチして、看護ケアに活かすのだ。
これはなにも看護師に限らないことなので、他の医療従事者にもぜひ意識してもらいたい。
推しの存在を匂わす、さり気ないきっかけに刮目せよ!
それでは、実際にどう会話を切り出すのか…というと、もちろん「〇〇さんは、推しとかいるんですか?」といきなり詰め寄るのではない(笑)。
例えば、ベッドサイドの持ち物に推しグッズが紛れていたり、スマホの待ち受け画面(わざわざ覗き見するわけではないが、机上にあって視界に入ることもある)が推しだったり、持ち物が推しのイメージカラーで統一されていたりなど、患者さんの生活環境(ここでは病室など)には“推しのヒント”が潜んでいるのだ。
そこから、「これすごく大事にされているのですね」「あ、〇〇が好きなんですか?」と、会話のきっかけにもなる。
ただし、人によって必ずしも“推し”がいるわけではないし、中には“推し”とひとくくりされることに嫌悪感を持つ人や、“推し”のことを気付かれたくない人もいるので、そこはうまく見極めて付き合っていくべし。
初見でいきなり推しの話をするよりも、普段通り、まずは患者さんにとって治療や入院生活の不安を減らすことに努めたほうがいいだろう。そして、相手を知ろうとする1つの手段として、“推しの話”を脳内の引き出しにちょっと入れておいてほしい。
病院にいると、どうしても「〇〇(疾患)で入院している患者さん」と、ひとりの人という意識が薄れてしまうことがある。だが、推しのことを見たり考えたりして心が満たされる時など、“推し”の前では純粋な人間になれるような瞬間がきっと患者さんにもあるはずだ(少なくとも私はそう)。
私は、看護師としてその瞬間を逃さないようにしたい。
“推し”は、心身ともに良好な状態を維持し、ウェルビーイングをもたらしてくれる偉大な存在だ。その人が大切にしていることも、私たちも一緒に大切にしていきたいと、そう思う。
小児科と整形外科の病棟で経験を積み、現在は看護師兼ライターとして奮闘中。病院外でも積極的に働き、いろいろ吸収している。メディッコではポジティブ担当。
Twitter:@yumika_shi