【模擬症例検討】糖尿病治療を拒否している、腰部脊柱管狭窄症の患者さん

いくつかの疾患を抱えている患者さんは少なくありません。しかし時折、とある疾患のリハビリには積極的なのに、他疾患の治療には消極的というような患者さんがいます。このようなとき、医療者からはどうアプローチすべきなのでしょうか。

今回は、リハビリが思うように進まなくて困った理学療法士が、作業療法士と薬剤師に対応策を相談してみました。

参加者

 坂場(OT)
作業療法士。精神科勤務。入院病棟、認知症病棟を経て精神科デイケアに所属。

 イサミ(Ph)
薬剤師。病院勤務。調剤室や病棟担当を経て現在外来腫瘍センターに所属。

 REN(PT)
理学療法士。整形外科クリニック勤務。機能解剖学的な運動療法に力を入れている。

模擬症例

 

70代前半の男性。2年前に糖尿病の診断を受けるも、加療していない。3ヵ月前より長時間歩けないなどの自覚症状が出現。両下肢で軽度のしびれ・だるさを感じるようになり、L4/5腰部脊柱管狭窄症と診断を受けた。症状は、前屈や座位にて軽快し、長時間立位や歩行時に増悪する傾向がある。

糖尿病自体の治療には積極的ではなく、食事療法も薬物療法も拒否している。「自分は好きなものを食べて死ぬんだ」と自暴自棄になっている。脊柱管狭窄症の治療では、当面は保存療法を実施していく。

家族構成は妻との2人暮らしで、犬を飼っている。自宅は平屋1戸建て。要介護認定は受けていない。自宅では亭主関白な性格で、妻の言うことを聞くことは少ない。普段の移動は車を自分自身で運転しており、運転中に下肢症状はみられない。

主訴
趣味である愛犬の散歩ができるように、長い時間歩けるようになりたい。

検査データ
身長:165.0cm、体重:80.0Kg、BMI:29.4、腹囲:90㎝、HbA1c:7.0%、空腹時血糖値:135mg/dL、sCr:1.28mg/dL、Ccr:59.0mL/min、T-Bill:0.33mg/dL、AST:25U、ALT:14U

処方されている薬
ロキソプロフェン錠60mg: 1回1錠(1日3錠)1日3回 毎食後
・レバミピド錠100mg:1回1錠(1日3錠)1日3回 毎食後
プレガバリンカプセル150mg:1回1錠(1日2錠)1日2回 朝夕食後
・トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠:1回1錠(1日4錠)1日4回 毎食後就寝前

※今回の症例検討に用いたデータは本記事に使用するための架空のもので、実在する事例・症例はありません。

※本座談会についての意見やアイデアを読者の皆様から募集しております。Twitterで本記事を引用の上、コメントを書いてみてください!

現在行われている治療方針の確認

REN(PT)

坂場さんとイサミさんに上記の模擬症例について相談です。よろしくお願いします。

まず、現在の治療方針について質問なのですが、腰部脊柱管狭窄症の進行は、保存療法のみで抑え続けられるものなのでしょうか? 手術するとなると、血糖コントロールが必須なので、その点が気になりました。

イサミ(Ph)

REN(PT)

軽度から中等度の腰部脊柱管狭窄症患者さんでは、保存療法が有効であるとされています。重症度は下肢痛の強さに基づいて定義されることが多く、本症例に関しては、現在の状態から悪化がなければ、保存療法のみで問題ないと考えています。

現在はどのようなリハビリを実施しているのですか?

坂場(OT)

REN(PT)

腰背筋や股関節屈筋の短縮がみられ、腰椎が伸展位になりやすくなっています。そのため、現在は短縮筋のストレッチや、対になる拮抗筋のトレーニングを行っています。

患者さんの表立った感情から根底の気持ちを探る

REN(PT)

現在、ストレッチなどのリハビリメニューは問題なく実施できていますが、自暴自棄になっていることもあり、能動的な運動療法や、血糖コントロールのための食事療法や薬物療法は拒否されている状況です。

ふむふむ

坂場(OT)

REN(PT)

このような患者さんの心境がなかなか理解できず、どのように働きかけてよいものか悩んでいます。何かアドバイスをいただけますか?

現在の状況は、障害受容の過程(5段階)の3段階目「混乱期」であると考えられます。症状が完治しないことを他人のせいにしたり、悲嘆や抑うつ状態になったりすることが多いと言われています。

坂場(OT)

REN(PT)

なるほど…。

次の4段階目「解決への努力期」に向かうためには、本人の意志のみならず、周りも本人の動機作りをサポートするべきだと思います。

坂場(OT)

REN(PT)

これは学生時代に習った記憶があります。3段階目は「悲しみと怒り」と表現されることもあるようですね。このように定義されたプロセスがあるということは、今の患者さんの状態が異常なことではないということですね。内心、リハビリが思うように進まず焦っていたのですが、少し安心しました。

そうですね。また、別の観点で考えると、自暴自棄などといった「怒り」の感情は、二次感情と呼ばれています

坂場(OT)

REN(PT)

二次感情?

人はいきなり「怒り」を感じるわけではなく、悲しみ、不安、痛み、虚しさなどといった一次感情が元にあって、そこから「怒り」を感じるというメカニズムだと言われています。この患者さんは「不安」や「悲しみ」などといった感情が溜まっていて、自暴自棄になっているのだと思います。

坂場(OT)

REN(PT)

なるほど。目に見える「怒り」に対して何か対処をするというだけでなく、その背景にある一次的な感情を探る必要があるということですね。

そうですね。例えば、リハビリ職などのセラピストは「長時間の歩行」という本人の希望をサポートすることができます。患者さんに寄り添い、話をよく聞いて、辛い症状と共闘する姿勢を見せることで、気持ちが落ち着いていくのではないかと思います。1人で抱え込まずに、溜まっている感情を吐き出してもらうことが、次のステップにつながるかもしれません

坂場(OT)

REN(PT)

ありがとうございます。患者さんの内面にも配慮して、少しずつでも前向きに取り組んでいただけるように働きかけてみます。

薬剤師の観点から、患者さんの現状と症状を考える

REN(PT)

糖尿病に対しては、どのように介入をしていったらいいと思いますか?

糖尿病治療には後ろ向きのようですね。まずは、食事療法や運動療法で生活習慣を改善していくことが第一だと思うので、リハビリを続けて、本人の希望でもある愛犬の散歩ができるようになれば、数値が改善する可能性もありますね。

イサミ(Ph)

REN(PT)

そうですね。それはよい動機付けになると思います。脊柱管狭窄症に対するリハビリでは減量を目指しているので、運動療法の観点では多少の効果が得られるのではないかと思います。

なるほど。それと、認知機能に問題のない高齢者糖尿病患者の合併症予防におけるHbA1cの目標値は7.0%未満と言われています。下げるほどいいというわけではないので、リハビリの進捗具合によっては、薬物療法が本当に必要なのかをもう一度医師と相談した方がよいかもしれないです。

イサミ(Ph)

REN(PT)

現状だと、薬を飲まなくても改善する可能性が十分にあるということですね。リハビリへの参加度合いを見ながら、今後の方針について医師と相談するようにします。

ただ、少し気になる点があって、検査値から推測するに、腎臓機能のやや低下傾向が見受けられます。糖尿病と診断されてから2年間放置してきたので、腎臓に影響が出ているのかもしれません。現在、疼痛コントロールを目的にロキソプロフェンが処方されていますが、腎機能をさらに悪化させる可能性がある薬なので、減量または変更をしたほうが良いと思います

イサミ(Ph)

REN(PT)

そうなのですか。最近、眠気やめまいの訴えもあるのですが、これにも何か関係があるのでしょうか?

話を聞いてるだけなので何とも言えないですが、そうですね…。可能性として挙げるならば、プレガバリンは腎機能が落ちていると血中濃度が高くなる恐れがあるので、眠気やめまいが副作用として考えられる場合は、用量を調節した方が良いかもしれません。また、日中に症状が出ると、日常生活での転倒リスクや、リハビリに影響が出る恐れもあるので、内服のタイミングを就寝前にまとめてみるのはいかがでしょうか?

イサミ(Ph)

REN(PT)

なるほど。薬をやめたり変えたりするだけでなく、いろいろな対処方法があるのですね。では、腎機能の低下や副作用の可能性も含めて、改めて医師と相談をしてみようと思います。ありがとうございました。

まとめ
今回は、困っている事例を、自分とは違う職種の医療者に相談することで、新しい見方や考え方が見つかりました。こんなやり取りが、自分の職場でもできるとよいですね!

※今回の症例検討に用いたデータは本記事に使用するための架空のもので、実在する事例・症例はありません。

※本座談会についての意見やアイデアを読者の皆様から募集しております。Twitterで本記事を引用の上、コメントを書いてみてください!