【模擬症例検討会】心不全患者が退院後の自宅生活を多角度から考える

日本では、高齢者率の増加に伴い、心不全の患者さんが増加し続けており、将来的に心不全患者さんが大幅に増加する「心不全パンデミック」が起こると予想されています。

心不全患者さんは、一見すると普通に歩けるように見えても、少し長い距離を歩くとすぐ息が切れたり、動悸がひどくなるなど、見えにくい生きづらさをたくさん抱えているようです。今回は、心不全後に自宅退院を予定している模擬症例を、多職種で検討しました。

参加者
須藤誠(OT)
作業療法士11年目。急性期病院で勤務。心臓リハビリチームでOTの役割を探求中。

たみお(PT)
理学療法士10年目。慢性期病院で勤務。院内リハ栄養チームを立ち上げ、患者さんの栄養面の管理に携わっている。

かなこ(Ns)
看護師9年目。内科病棟にて在宅調整に携わっていた。

模擬症例紹介

■症例
年齢:80代女性
診断名:うっ血性心不全
既往:高血圧、心房細動。現在、服薬にてコントロール中。
家族構成:夫・長男夫婦・孫と5人暮らし。長男夫婦は仕事をしており、週に1回程度通院に付き添うことが可能。
介護保険:要支援2、サービス利用なし。
BMI:18.1(やせ型)。ここ1週間は食欲低下も、3日間で体重2kgほど増加している。
入院前の生活:独歩にて屋内外歩行可能。寝室は2階で布団を使用。
現状の身体機能:シルバーカー歩行60m程度で息切れが生じる。立ち上がりは、手すりなどを利用しないと困難。

■入院経過
入院当日:自宅にて呼吸困難を呈し、救急搬送
入院~7日目:利尿薬投与。血圧が低値であったため、積極的な離床は行われないまま経過
入院10日目:理学療法および作業療法介入開始
理学療法→バイタルサイン、心電図を確認しながら離床活動、筋力増強運動を実施
作業療法→理学療法で拡大した活動範囲(起き上がり・移乗・更衣・食事など)に応じて、ベッド周辺環境を調整。過負荷にならないよう休息タイミングの定着を図る
入院20日目:自宅退院を予定

検討項目
退院後生活を想定し、下記3点を中心に検討
①移動手段、②家屋改修、③再入院の予防

※今回の症例検討に用いたデータは本記事に使用するための架空のもので、実在する事例・症例はありません。

※本座談会についての意見やアイデアを読者の皆様から募集しております。Twitterで本記事を引用の上、コメントを書いてみてください!

まずは、日常生活での移動手段を考える

須藤(OT)

今回は、心不全の加療後、退院して自宅に戻る予定の患者さんについて話し合いましょう。まず、検討項目の1つ目、自宅内の移動手段についてですが、たみおさんはどう考えますか。
退院後、なるべく自力で安全な生活を送るために、まず、自宅の家屋構造を確認したほうがいいと思います。廊下や部屋の出入り口の幅、段差などを確認して、必要に応じて手すりを設置すべきでしょう。十分な通路幅が確保できる家であれば、歩行器やシルバーカーを利用するなどの検討も必要ですね。

たみお(PT)

須藤(OT)

そうですね。自宅内で歩行補助具を使用する場合はとくに、通路幅や段差の有無をしっかり確認したほうがいいですね。現在、この患者さんの自宅について、詳細な情報がありません。どのように情報収集をしたらいいでしょうか
廊下の幅などは、自宅で計測する必要がありますよね。なので、まずは家族へ協力をお願いして、写真撮影や計測をしてもらいます。場合によっては、僕たちリハビリ職が自宅に伺うこともありますね。

たみお(PT)

須藤(OT)

実際の家屋情報を手に入れるためには、患者さん本人以外からの協力も必要ですよね。
この患者さんは、入院前は独歩で屋外移動もできたということから、退院までの目標として、「自力でトイレまで歩いていけるようになること」が設定されると思います。もし、もともと自宅にこもりがちだったり、ベッドで生活していたりで、活動量が低かった場合には、ポータブルトイレの導入が検討されるかもしれないですね。この辺りの話は、患者さん本人とご家族の意向も重要だと思いますので、きちんと話し合って決めていきたいですね。

かなこ(Ns)

須藤(OT)

入院前の情報を考慮すると、トイレまでの移動は自力でというのは的確な目標だと思います。かなこさんのような、患者さんとご家族の意向を尊重して寄り添う考え方は、現場において本当に重要だと思います。こちらから快適で安全な生活を送るうえでの選択肢を具体的に提示しつつ、1つひとつ確認していきたいですね。
患者さん自身が持つ自分の身体に対する認識と実際の能力が一致していないと、自宅に帰ってみたら何もできないという事態になりかねません。本人が、今後の生活方法をどのように考えているのか確認することは、重要なポイントになりますね。

かなこ(Ns)

つぎに、屋外での移動手段はどう考える

須藤(OT)

では、屋外での移動はどのように考えましょうか?
まず、共通してイメージしやすい、退院後に通院する方法について考えますね。自宅から病院までの距離を考慮して、車での送迎や付き添いなどといった家族の協力体制について確認します。

たみお(PT)

須藤(OT)

それは非常に大切ですよね。家族にお会いできれば、そのときに直接聞いておきたいですが、難しい場合は医療ソーシャルワーカー(MSW)への依頼などが必要ですね。かなこさんは看護師の視点から、どのように考えますか?
私も、家族の協力がどの程度得られるのかは重要だと思うので、必ず確認します。とくに80代以上では、身体状況によって通院が不可能なケースもあるので、在宅で往診医に診てもらう方法を提案する場合もあります。

かなこ(Ns)

なるほど! そういう選択肢もありますね。

たみお(PT)

須藤(OT)

在宅での往診については、MSWと事前に相談して、ご家族に選択肢として提示するかどうか検討したいですね。

介護保険の確認など、家屋改修の前にすべきこと

須藤(OT)

次に、2番目の検討事項である家屋改修についてです。本症例の場合、退院までの期間が短いので、入院中に家屋改修を完了させるのは現実的でないかもしれません。しかし、少なくとも家屋改修が必要か否かは確認して、ご家族やケアマネージャーに伝える必要がありますね。
自宅が未改修であれば、患者さんの動線にもよりますが、最低限、小さな段差を解消することと、玄関などの大きな段差へ手すりを設置することは必要ですよね。それから、今は2階にある寝室を1階へ移動して、ベッドの導入も検討すべきかと思います。

たみお(PT)

須藤(OT)

部屋の使い方の変更も含めて、患者さんとご家族の意向と、こちらからの提案をすり合わせておきたいですね。
私も、1階に介護用のベッドを入れることを提案します。あと、なるべく早いうちに、介護保険の区分変更を家族に依頼します。現状を見ると、要支援から要介護に変更になる可能性が高そうです。

かなこ(Ns)

たしかに、入院後の生活範囲は狭まりそうですからね。

たみお(PT)

私の病院では、院した段階で介護保険の区分確認を必ず行います。入院前は要支援であっても、入院がきっかけでADLが落ちる可能性は大いにありますから。

かなこ(Ns)

須藤(OT)

介護保険の区分変更は、治療中に申請してしまうと、実際より重度に判定されたり、そもそも役所から断られるケースもあると思いますが、どのタイミングで再申請をかけていますか?
家族が最初に来院したときに依頼するようにしています。この患者さんの場合、ご家族は働き世代なので、平日役所に出向くのは大変でしょうね。実際、すぐに対応してくれることは少ないです。なので、先手を打つ意味でも、会えたタイミングで説明します。多少重度に判定されることもありますが、再評価のとき適正な区分に戻るでしょうし、保険が原因で使いたいサービスが使えないと困るので、早めの対応をしています。

かなこ(Ns)

須藤(OT)

なるほど、急性期ならではのスピード感ですね。申請が必要と想定される場合は、より早期の対応が求められますよね。この患者さんのように、もともと介護保険を持っている場合は、ケアマネージャーがついているはずです。家屋の状況や改修の必要性についての情報も早めに共有したほうがよさそうですね。ケアマネージャーが把握している状況を確認することで、補われる情報もあると思いますし。

服薬管理のトレーニングは入院中に開始すべき

須藤(OT)

それでは、最後の検討項目として、心不全は再発が懸念される疾患ですので、再入院の予防策を考えましょう。どのように注意していくべきだと思いますか?
内服薬の管理患者さんがどこまで自己管理できるのかの評価が必要です。例えば、お薬カレンダーを使って自分で飲むことができるのか、同居の家族がいる場合は、毎回の服薬を確認してくれるのかなどを確認したいですね。

かなこ(Ns)

須藤(OT)

訪問時に部屋で大量の残薬が発見されて、初めて家族が飲み忘れに気付く…というケースもありますよね。お薬カレンダーの導入も、家族と相談したうえで検討した方がよさそうですね。
退院後のお薬カレンダー導入を検討するのであれば、入院中から実践したほうがよいと思います。まず、カレンダーに1回分ずつの内服薬を自分でセットすることができるのか、家族や介護者がやらないとダメなのかを確認します。入院中にできないことは、家に帰ってもできないと考えたほうがいいですね。

かなこ(Ns)

須藤(OT)

なるほど。まず私たちの目が届く入院中に練習するのですね。たしかに、退院前から習慣付けるのは大事ですね。あと、心不全の再入院を予防するには、運動が重要だと考えられますが、何か工夫できることはあるでしょうか?
運動はもちろん重要なのですが、まず、心負荷のリスク管理として、患者さんが“きつい”と感じる動作は極力避けるように指導していきます。たとえば、「修正Borgスケール(※)」を用いて、運動中の呼吸困難の程度が“やや強い(4)”と感じるとき、と説明しますね。そのうえで、今の状態でできるトイレまでの自力歩行や、ベッドからの立ち座りなどといった生活動作が、筋力や動作能力の向上につながることを伝えます。退院後の新しい日常生活に慣れてもらいながら、筋力や体力を戻していくという認識をもってもらうように指導しますね。

たみお(PT)

メモ
修正Borgスケール:運動中の身体機能評価に使われる指標

須藤(OT)

なるほど、日常生活をトレーニングと捉えるように促していくのですね。
それから、この患者さんはBMIが18.1と痩せ型なので、栄養状態も気になります。効率のいい筋力向上を図るためには、バランスのよい食事が必要不可欠であることを理解してもらわなくてはいけません。食欲がない場合は、栄養補助食品の使用も検討して、日々適切なエネルギーを摂取できるように、食事内容の確認もしておきたいです。栄養は本当に大切なんですよ。

たみお(PT)

須藤(OT)

心臓への負担を考えると運動に消極的になりがちですが、十分な栄養と適切な強度の運動を組み合わせる重要性を理解してもらって、退院後の体力改善に取り組んでもらいたいですね。

実例:模擬症例のその後

須藤(OT)

最後に、模擬症例の患者さんの実例を紹介します。まず、自宅内の移動にはシルバーカーが利用可能でした。廊下と部屋の間には敷居があったのですが、昇降機能キャスター付きのシルバーカー(※)であれば対応可能でしたので、これをご家族に提案したところ「あまり家のあちこちに手すりを付けたくない。シルバーカーで済むなら、そうしたい」と受け入れていただきました。
メモ
シルバーカーには、前輪に段差昇降キャスターが付いているタイプがあります。これは、前輪を持ち上げなくても、4cm以下の段差であれば乗り越え可能です。
実際に今回のような症例を担当するときは、シルバーカーで歩いたときの心負荷にも注意したいところですね。平坦な病院内を歩くのと、自宅とでは環境が違うこともありますから。

かなこ(Ns)

須藤(OT)

そうですね。また、トイレに関しては、はじめに目標としたように、「自力でトイレに行きたい」と話してくれました。僕はここで初めて、夜間の動線における照明についての調整が必要であることに気付かされたんです。患者さんの生活希望に沿う環境づくりは、細かいところまで目を向ける必要性を感じました。
住宅改修についてはどうなりましたか?

たみお(PT)

須藤(OT)

今回は、トイレ内のL字型手すりと、一番大きな段差がある玄関の昇降補助に縦手すりを設置しました。ご家族が、今のご自宅を大事にされていると感じたので、希望に沿うかたちで、最低限の導入にとどめました。
まずは最低限必要なものを導入し、実際に生活をしたうえで不便があれば、その都度追加していけばいいと思います。

かなこ(Ns)

退院後の運動はできそうでしたか?

たみお(PT)

須藤(OT)

自宅で運動を続けるのは難しいと判断したので、デイサービスを利用することになりました。最近は機能訓練重視型を利用し、運動のみをお願いしています。また、栄養補給ゼリーを持ち込み、運動前後に飲むことで効率的に効果を出すように工夫しています。運動の強さはデイサービスの機能訓練指導員に伝えたことで、調整できたと思います。
患者さんやご家族だけで定期的な運動を続けてもらうのは難しいことが多いですよね。病院から、次のサービス提供者への申し送りが大切ですね。

たみお(PT)

今回話し合って、看護師とリハビリ職で、考える視点は違うかもしれないけれど、お互いに患者さんのためを思って行動していることがよくわかりました。視点が違うからこそ、各職種間で情報交換しながら、患者さんの気持ちに寄り添っていきたいですね。

かなこ(Ns)

多職種で話し合うことで、患者さん中心の生活を模索することができたと思います。リハビリ職だけでは気付かない視点を、かなこさんから学ぶことができて、とても有意義な座談会でした。

たみお(PT)

まとめ
3人で話し合うことで、患者さんの退院後の生活をより具体的に考えることができました。それぞれの職種の視点からみることで、多様な気付きにつながりましたね。今回の座談会で、多職種連携は、1人ではたどりつけない答えに導いてくれることをあらためて感じました。患者さんのよりよい生活を求めて、これからも頑張っていきましょう。

※今回の症例検討に用いたデータは本記事に使用するための架空のもので、実在する事例・症例はありません。

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