クライエント中心の医療の落とし穴~目標共有は簡単じゃない~

 

昨今、「クライエント(依頼人)を中心に医療を提供しましょう」と謳い文句のように使われていますが、その実際は簡単ではありません。

本記事は急性期病院で働く作業療法士が、クライエント中心の医療における注意点について解説します。

 

クライエントと呼ぶことについて

 

作業療法士の間では、患者さんのことをクライエント(依頼人)と表することがあります。

これは米国の臨床心理学者Rogersが提唱するクライエント中心療法に由来するものです。

このクライエント中心療法と作業療法は共通して、「クライエント」が持つ健康になろうとする力や自己実現に向かう力を支援しています。

一方で「患者」という言葉には、「安静にする」「治療を受ける」といった受動的なイメージが含まれています。

そのため、能動性を高めることを阻害するイメージを懸念して、クライエントと呼んでいるのです。

病気や障害に焦点を当て過ぎず、その人自身を捉える点では、こうした用語の理解も大切ですね。

 

クライエント中心にやってます!と思う療法士とクライエントとのすれ違い

 

作業療法士はクライエント中心のアプローチを行うため、以下のプロセスを経ています。

作業療法の役割を説明

クライエントと協働で目標を設定

治療の選択肢をクライエントと話し合う

このプロセスを用いた作業療法士とクライエントにアンケートを取ったところ1)、90%以上の作業療法士が「クライエントとの目標共有を図った」と回答した一方、「目標を半分以上知らない」と回答したクライエントは23%で、46%は「目標設定に関わっていない」と回答したそうです。

「医療者が行っているつもりでもクライエントに伝わる情報は異なる」という現実を踏まえて、戦略を練る必要があるようです。

 

答えは目の前のクライエントだけが知っている

 

どんなに教育を受けた医療者であっても、どんなに素晴らしいマニュアルが出来ても、クライエント中心の実現はそう簡単ではありません。

なぜなら、クライエントが置かれている状況が多様であり、パターン化することは困難であるからです。

「クライエント中心を実現するにはどうしたらよいか?」という質問には、「クライエントと向き合いましょう」と私は答えます。

答えはいつもクライエントだけが知っており、私たち医療者にはそれを探る方法しかないのだと思います。

 

クライエントと向き合うために気を付けること

 

特にクライエントと向き合うためには、最初の関係づくりが大切です。

クライエントとの初対面の状況で、どんな声かけが適切でしょうか。

私はいつも「大変でしたね」と労いの声かけをすることが多いです。

もちろん、クライエントの状況を情報収集した上で、ケガをしたことや入院と言われたこと、病気が発覚したことなど、様々な経緯が想定されます。

しかし、どれも「大変な状況」であることがほとんどです。

大変な状況のまま突然検査をされたり、明日以降のことを説明されたり、病気になった原因を問い詰められたら、混乱してしまうかもしれません。

クライエントと初対面の時は、ひとつひとつクリアにしていき、少しでも安心してもらうような環境作りや声掛けをしていきましょう

 

まとめ

 

いくら医療者がクライエント中心に行っていると考えていても、クライエントが置き去りになってしまう可能性があります

クライエント中心の医療を行うためには、医療者として自身の役割を理解し、丁寧に説明をするほか、クライエントの状況をよく知り、探ることが重要です。

 

[引用文献]

1)Maitra KK,Erway F:Peception of client-centered practice in occupational therapists and their clients.Am J Occup Ther 60:298-310,2006

 

執筆者
須藤誠(作業療法士/デザイン部)

地方の急性期病院で、地域の人たちを陰ながら支えています。真っ当に研究業績を積みながらも、メディアや地域活動を通して作業療法の魅力を伝えるマルチプレイヤー。