“がん専門薬剤師”を目指すきっかけになった、思い入れのある抗がん剤の話

みなさんには思い入れのある抗がん剤はありますか?

僕は、がん専門薬剤師という資格を取得しており、薬剤師の中でもがん領域を専門としています。先日、メディッコメンバーから「好きな抗がん剤ってある?」と唐突に聞かれ、改めて考えてみる機会がありました。すると、僕には好きな抗がん剤があり、好きに至る明確な理由があったことを思い出しました。今回は、僕の好きな抗がん剤とその理由をコラムで紹介します。

好きな抗がん剤

僕の好きな抗がん剤は、ズバリ『トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン®︎)』です。

この薬は、HER2(ハーツー)と呼ばれる、がん細胞の増殖に関わる特殊なタンパク質が発現しているタイプの乳がんや胃がんに適応を持つ分子標的薬です。この薬が開発される以前、HER2陽性タイプの乳がんは非常に悪性度が高く、患者の生存率は極めて低いことが知られていました。そんなHER2陽性タイプの乳がん治療に革命を起こしたのがこの薬剤でした。

では、なぜ僕がこの薬剤を好きになったのかをお話します。

トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン®︎)を好きな理由

僕がトラスツズマブを好きになった理由は至極単純で、『希望のちから』という映画を見たからです。

この映画は、トラスツズマブが乳がんの治療薬として承認されるまでの苦難や苦労を描いた作品です。主人公は、乳がん治療に人生を捧げた医師であるデニー・スレイモン先生。先生は、「乳がん患者を手術・放射線・殺細胞性抗がん剤以外の治療で救いたい」という熱い想いで、資金難や製薬会社との攻防を乗り越えます。ときに、治験の被験者が命を落とすなど悲しい出来事にも見舞われながら、さまざまな課題や困難に立ち向かいます。実話を元にした物語で、乳がんの患者さんとその家族のためにさまざまなものを犠牲にしながらも、がんに対して真摯に向き合っている様子が心に沁みる作品です。

トラスツズマブについてもう少し説明すると、分子標的薬に分類される薬剤であり、従来の殺細胞性の抗がん剤とは異なり、がん細胞特有の性質をターゲットに作用するため、正常細胞へのダメージは比較的少ないという特徴があります。代表的な抗がん剤の副作用として知られる、吐き気や脱毛などはほとんどありません。乳がん治療における代表的な薬剤のひとつで、僕もよく服薬指導や副作用モニタリングを行っていました。

映画を知ったきっかけ

僕がこの映画を知ったきっかけは、患者さんからの勧めです。

勧めてくれたのは、当時トラスツズマブで治療中の患者さんでした。外来で治療を継続しており、通院の度に面談を行って、いろいろな相談に乗っていました。ときには、副作用も特になく順調すぎて不安だという相談をもらったくらいでした。そんな折、自分が治療している薬剤に関する映画があり、おすすめだからぜひ見て欲しいとDVDをお借りしました。

シンプルに感動して作品が好きになったことはもちろんですが、患者さんから自分の治療に関わる映画をおすすめしてもらい、実際に借りて映画をみた。その行為自体に、患者さんと信頼関係を結べた気がして嬉しく思いました。そこから僕は、『トラスツズマブ』が好きになり、同時にがん専門薬剤師を目指すことを決めました。

さいごに

今回は、『好きな抗がん剤』という非常にマニアックなテーマで書かせていただきました。みなさんには思い入れのある抗がん剤はありますでしょうか?エピソードも交えて、ぜひ教えて下さい!

執筆者
イサミ(薬剤師/クエスト部)

大学病院を経て、現在は大学で教員をしている。薬剤師の可能性を広げたい。