新人看護師の頃を振り返って考える、「失敗できる環境」とは

先日、中堅の看護師や理学療法士の知人がやっていたTwitterのスペースで、このような話をしていてとても興味深かった。

「失敗できる環境は大事」
「でも医療の現場ではそう簡単に失敗できるものではない」
「失敗といっても、そこまでさせる!?トラウマになるのでは?というひどいものまである」

私は看護師歴10年を超えたが、上記の話はすごくよくわかるし、容易にその場面が想像できてしまった。

たしかに、「失敗こそ成長につながる」「若いときに挫折してなんぼ」みたいな言葉は昔から言われてきている。だけど、看護師の業界では(看護師に限らないかも)、どうもその言葉が“身一つで無人島に放置されるような”雑で乱暴なところがある。

そこからどうにか自分で考えて工夫して、ひとりで立ち上がる…昔はそういうこともあったかもしれない。でも今はさすがに違うだろう。業務に追われて忙しいから、人手不足だから…というのもあるだろうが、雑で乱暴なわけはそれだけではないと思う。「そもそも失敗とはどんなことか」「どうやって失敗させるのか」「どう環境を整えるのか」などちゃんと考えず、理解していないことも考えられる。

では、「安心して失敗できる環境」とは何なのだろうか。

私もこれに関しては専門家でも、何か偉そうに言える立場でもない。冒頭でも話したようにスペースを聴いていて、あくまで私の経験として、「自分が若手のときは、失敗できる環境にあったかもしれない」と思った。自分の看護師1〜3年目の頃を振り返って、少し整理してみたい。(黒歴史であるmixiに日記をつけていたので、けっこう状況を覚えていて助かった)

看護師1年目、初夜勤でCPA(心肺機能停止)状態の患者さんと関わる

小児科に配属となり、GW前にプリセプターの先輩(看護師3年目)とシャドーイングで夜勤をスタートした。その初夜勤でのこと。CPA(心肺機能停止)状態で運ばれてきた患者さんが、CPR(心肺蘇生)を続けたまま病棟にあがってきた。そのときに、夜勤リーダー(当時看護師20年目くらい)とプリセプターから「かなり厳しい状態みたいだから…」「初夜勤だから今日は何もできなくても大丈夫」「とりあえず私の後ろにくっついて見てて」「できそうなことがあったら伝えるから」みたいなことを言われたのを覚えている。

当時は、いわゆるフルコースの蘇生処置と延命治療を続けるために、さまざまな処置をしていた。今何が起こっていて、これから何が起こるのかははっきりとはわからなかったが、医師と看護師のやりとりを聞きながら、その状況を把握しようとしていた。

「今から〇〇するよ~〇〇さん、〇〇開始して~」
「〇〇開始しました。〇〇先生、〇〇も準備できました」
「ありがとう、じゃあ次は〇〇するから〇〇ちょうだい~」

上記のようなやりとりが複数人の医師と看護師でされていた。先輩も「今、準備した輸液は血液データで〇〇が高かったから補正のために使うよ」など教えてくれた。今でいう『チームステップス(Team STEPPS®)』や『思考発話』などを活用しているような雰囲気があった(当時それが活用されていたかは定かではない)ためか、思ったほど慌てたり、混乱して立ちすくんでしまったりするようなことはなかった。

結局患者さんは亡くなり、一旦処置や対応などが落ち着いた後には、先輩から「さっき〇〇を持ってきてくれて助かったよ」と言われ一緒に振り返りをし、勤務が終わる頃には夜勤リーダーに「初夜勤からCPAの対応は大変だったでしょ。今は平気でも、家で思い出しちゃうこともあるかもしれないから、今日明日はゆっくり休んでね」みたいなことを言われた記憶がある。

最初に「今日は何もできなくても大丈夫」と言われていたので、できることはかなり限られていたけど、「自分は何もできなかった…」とそこまで落ち込むことはなかった。何も言われないで放置されていたら、怒号のような声が飛び交っていたらどうだったんだろう。やっぱりCPRをしている風景というのは衝撃的だったし、もっと慌てて混乱して、自分が何かをすることが怖くなっていたかもしれない。だけど私の初夜勤は、そうした気持ちはほとんどなく、「先輩みたいにこうやって動けるようになりたいな」という想いはしっかりとあった。15年以上経った今でも、この光景はけっこう覚えているものだ。

看護師2~3年目、重症患者のプライマリーナースとなる

看護師2〜3年目になると、重症患者(人工呼吸器をつけているような長期入院の子)のプライマリーナース(担当看護師)になり始める時期だ。これは先輩も同じような道をたどっていたので、自分もそろそろかなという感覚はあった。いつかの面談のタイミングで、シニアプリセプターか師長からか、「今度、重症患者のプライマリーをつけるからね」と事前に言われていた。

プライマリーといっても、いきなり担当を持たされるわけではなく、最初の1か月ほどは元プリセプターとともに担当する(正式なプライマリーは元プリセプター)。例えば、何か家族の意思を確認する必要がある場面や、医師がIC(インフォームド・コンセント)するような場面では先輩の後にくっついてやりとりをそばで見たり、一緒にケアに入ったりした。

先輩からは「医師のICで〇〇の話があったけど、家族もけっこうショックを受けていたみたいだね。少し家族だけの時間を作ってから伺うようにしようか」というように、先輩が予測したり考えたことを伝えてくれた。こうして先輩がメインにみていたものを、少しずつ私も行うようになり、メインとサブの関係が逆転したあたりで、自分がメインで受け持ちを引き継ぐことになった。たぶん「1か月経ったから」とか「そういう決まりだから」ではなく、「私が受け持っても大丈夫だろう」と判断されて、任された感覚があった。

メインのプライマリーになってからも、最初は試行錯誤だった。プライマリーを任せてもらえるようになった嬉しさと、同時にプレッシャーもあり、家族から質問されても答えられない、どう対応していいかわからないこともあった。先輩は上手くできていたのに自分はできなかったと、部屋に足を運ぶのが億劫になることもあった。だけど、これらの試行錯誤の段階で怒られることはなかったし、元プリセプターやチームリーダーに相談できる環境もあった。

医師からICが行われるような場面や状態に変化があった場面では、定期的にチームカンファレンスも開いてくれていたので、チームメンバーも同じように悩み、アドバイスをくれ、自分がひとりでみているという感覚はそれほどなかったと思う。なんとか無事にプライマリーナースとしての1年を終えたのだった。

まずは試行錯誤を重ねて目的や目標達成へのルートを見つけること

今回2つのエピソードを紹介したが、当時はここまで周りのフォローがあったことは自覚できていなかったと思う。「なんとかやり切った!」「乗り越えた!」とほっとした感覚。今思うと先輩の言葉に助けられ、さまざまな配慮がされていて、環境が整えられていたんだろうと気づく。

失敗というと、看護師であればインシデントのようなミスを想像するかもしれない。言葉の意味として、ミスはあるべきルールや手順をその通りにやらなかった状況で起こり、失敗はルールや手順通りにやったが、目的や目標に達しなかった状況のことをいう。わざとミスを誘発させるような、邪魔をする失敗のさせ方や、失敗の後に責めたり、怒ったりすることは言語道断だ。

私なりに考えた「いい失敗」とは、はじめてのことに挑戦する過程で、試行錯誤しながら目的や目標達成へのルートを見つけられることなのかもしれない。ある程度の能力が認められて任せてもらえるという認識が本人にあって、想定できることをあらかじめ準備していて、失敗も大きなものにならないように、見守られている。ひとりですべて抱えるのではなく、すぐに相談できる人がいる。そして、あとで一緒に振り返ったり、次につながるアドバイスをくれる人がいて、こうした経験を積み重ねていくこと。これらが私の経験からも共通する点なのだろうと思った。

ただ、『失敗できる環境』という言葉は、個人的にはやっぱりどこか引っかかる。「何があってもさまざまな視点から振り返り、学び、次につながる行動にうつすことが大事で、それができる環境をつくっていく」という考えが、今のところ自分にはしっくりくるかもしれない。そのために必要なことは何かを考え、実践していけるような先輩になりたい。

 

執筆者
白石弓夏 (看護師)

小児科と整形外科の病棟で経験を積み、現在は看護師兼ライターとして奮闘中。病院外でも積極的に働き、いろいろ吸収している。メディッコではポジティブ担当。

Twitter:@yumika_shi